大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)217号 判決 1969年2月27日
控訴人
中原静恵
代理人
樫本信雄
ほか一名
被控訴人
協栄薬品株式会社
代理人
松浦武
主文
一、原判決をつぎのとおり変更する。
(1) 控訴人は被控訴人に対し大阪市福島区中江町一七一番地の四二のうち別紙図面ト、ち、ぬ、ハ、トの各地点を順次直線で結ぶ線で囲まれた土地部分約16.73平方メートル(5坪6勺)上にある塀、門および庭の造作物を収去してみぎ土地部分を明渡し、金二三万五、六九円および昭和四四年一月一日以降みぎ土地部分の明渡し済みに至るまで一ケ月金一、四二二円の割合による金員を支払え。
(2) 被控訴人のその余の請求を棄却する。
二、訴訟費用は、第一、二審を通して三分し、その二を控訴人の負担とし、その一を被控訴人の負担とする。
三、この判決の一、(イ)項は仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
大阪市福島区中江町一七一番地の四二の土地が登記簿上は被控訴会社の所有名義に登記されていること、および、控訴人が別紙図面ト、チ、ヌ、ハ、トの各地点を順次結ぶ直線で囲まれる部分(本件係争土地)を占有し、控訴人経営の旅館の庭の一部として使用し、みぎ土地上に塀、門、庭の造作物等を所有していることは当事者間に争いがない。
そこで、本件係争土地が前記一七一番地の四二の一部にあるかどうか、および、もしそうとすれば本件係争地のどの部分がそうであるかについて判断するに、<証拠>を総合すると、訴外阪神電鉄株式会社(以下訴外阪神電鉄と称する。)は戦前から本件係争土地の附近一帯の土地一七一番地を所有していて、昭和二三、四年頃みぎ一七一番地の土地を分譲のために数一〇筆に分筆したのであるが、みぎ分筆当時には、控訴人経営の旅館の敷地になつている控訴人所有の大阪市福島区中江町一七一番地の二〇および同番地の二七の北側境界線(長さ約9.40メートルの東西に引いた直線)に沿つて南北の幅が一間(1.82メートル)で東西に細長い帯状の長方形の長方形の土地である同町一七一番地の四六(現在も登記簿上は訴外阪神電鉄の所有)があり、同土地の北側の境界線に沿つて南北の幅が三間(5.45メートル)で東西に長い長方形の道路敷地として同町一七一番地の四二があつた(位置関係は添付図面参照)ところ、同図面イ、ロの各点を直線で結んだ線は前記分譲のための分筆当時から変更を受けた形跡がないのに、現況は道路敷地の南北の幅は約3.67メートルに過ぎず、幅員において1.78メートルが不足している状態にあることを認めることができる。したがつて、みぎ現況道路敷地の南側にある本件係争地のうち、その北側境界線(図面ト、ハ、線)から南方へ1.78メートルの距離にある線までの長方形の土地(別紙図面ト、ち、ぬ、ハ、トの各地点を順次に結ぶ直線で囲まれる土地)は前記一七一番地の四二の土地の一部に該当するものと認めるのが相当である。本件係争土地がみぎ部分も含めてすべて一七一番地の四六に当る旨の控訴人の主張は採用しない。
つぎに、みぎ一七一番地の四二の土地がなにびとの所有に属するかについて判断すると、<証拠>を総合すると、みぎ一七一番地の四二の土地はもと訴外阪神電鉄の所有に属していたが、昭和二四年頃訴外上松天三が訴外阪神電鉄から買い受け、次に昭和二六年六月頃訴外森橋昇が訴外上松から買い受け、更に昭和二八年一月頃被控訴会社が訴外森橋から買い受け、同年三月九日被控訴会社が直接に訴外阪神電鉄からみぎ土地を買い受けた旨の中間省略の所有権移転登記手続をしたことを認めることことができる。控訴人は、訴外森橋が訴外上松からみぎ土地を買い受ける以前に控訴人が訴外上松からみぎ土地を買い受けみぎ土地の所有者となつた旨主張し、原、当審証人丸山常一<中略>は前掲各証拠と比較して措信し難く、そのほかに前記認定を覆すに足りる証拠はない。
そこで、被控訴会社の控訴人に対する本件建造物等の収去、土地明渡し請求の当否について判断すると、控訴人が本件係争土地のうち、別紙図面ト、ち、ぬ、ハ、トの各地点を結ぶ直線で囲まれる部分上に塀、門、庭の造作物を所有してこの部分を占有していることは当事者間に争いがなく、みぎ部分が一七一番地の四二の一部であつて、みぎ地番の土地が被控訴会社の所有に属し同会社所有名義の所有権移転登記もあることは前認定のとおりであるところ、控訴人がみぎ土地部分上に前記造作物を所有してこの部分を占有することのできる権原があることについてはなんらの証明がないので、控訴人はなんらの権原なくしてみぎ土地部分にみぎ造作物等を所有してみぎ土地部分を不法に占拠する者に当り、被控訴会社は控訴人に対し、みぎ土地の所有権に基づいて前記塀、門、庭の造作物等を収去して前記土地部分の明渡しをするよう請求することができる筋合である。
そこで、この点に関する控訴人の権利濫用の抗弁について判断する。<証拠>によると、一七一番地の四二の土地は登記簿上地目が宅地である旨登載されているけれども、<証拠>によると、みぎ土地は阪神電鉄が附近一帯の土地を分譲のために分筆した当初から幅三間(5.45メートル)の私有道路(以下私道と略称する。)とする予定で分筆した土地であり、また事実上も、附近一帯の土地が分譲された昭和二四年頃から附近一帯に居住する者その他の者から私道として使用されて来た土地であつて、昭和二六年頃控訴人がみぎ私道敷地上に塀、門等を設けてみぎ私道敷地のうち本件係争土地に含まれる部分を控訴人経営の旅館の庭として取り込んで占有した後にも、残余の部分は私道として使用されていたことが認められる。そうすれば、大阪市福島区が建築基準法第三章の施行以前から都市計画法による都市計画区域内に含まれていた(大阪市を含む五大都市は大正九年一月一日の都市計画法施行の当初から都市計画区域の指定を受け、大阪市福島区は戦前から大阪市に編入されていた。)ことは当裁判所に顕著であり、一七一番地の四二の土地が建築基準法第三章の規定が適用されるに至つた際に現に存在する道で幅員四メートル以上のものであつたことは前認定のとおりであるから、みぎ土地は同法四一条の二、四二条一項三号により同法第三章にいわゆる道路に該当し、同法四四条一項本文により、同土地内に、または同土地に突き出して、建築物を建築したり、敷地を造成するための擁壁を築造したりしてはならないわけである。
しかしながら、私道敷地の所有権その他の私権の権利者は、私道上にみぎ建築物の建築、擁壁の築造をしてはならない義務と私道上の一般人の通行を忍受しなければならない義務とを負うほかには、みぎ私道敷地について所有権その他の私権の享受、行使に対する制限を受けないから、他の一般の私有地と同様に、所有権その他の私権の行使を妨げられる理由はない。したがつて、被控訴会社が一七一番地の四二の土地が私道敷地であることを知りながらその所有権を取得したうえ、その所有権を基づいて前記のような私道上の通行以外の所有権侵害行為をする控訴人に対してその侵害の排除を求める本件請求は権利の濫用に当らないこと明らかであるし、既に認定したように、被控訴会社が一七一番地の四二の土地の所有権を取得した以前に、控訴人がみぎ土地の所有権を取得した事実はないから、被控訴会社が専ら控訴人のみぎ土地所有権を奪取するためにみぎ土地を買い受けたと云うのは当を得ない。さらに、控訴会社が私道上ガレージを建てたことにより、前記私道上に建築物の建築を避止すべき義務に違反したからと云つて、私道敷地の不法侵害者に対する被控訴会社の土地所有権に基づく侵害排除請求権は失われないから、被控訴会社にみぎ避止義務違反行為があつことを理由として、控訴人に対する本件請求が権利の濫用に当ると云うのは相当でない。
控訴人の権利濫用の抗弁はすべて理由がないことに帰着する。
つぎに、被控訴会社の控訴人に対する賃料相当額の損害金の請求の当否について判断すると、一七一番地の四二の土地は、既に判示したように、私道敷地であつて、その所有権者である被控訴会社といえどもみぎ土地を建物敷地として自ら使用したり人に賃貸して使用せしめたりすることができないばかりでなく、<証拠>によれば、みぎ私道は被控訴会社がみぎ一七一番地の四二の土地の所有権を取得した当初から被控訴会社の通行その他の使用に供せられることが少く、現在においては、ガレージ敷地に供する等違法に供せられている点を別にすれば、ほとんど被控訴会社の用に供せられていないことが認められるけれども、みぎのような私道敷地に関しても、先に認定した本件の事実関係下においては、被控訴会社は、控訴人に対し、控訴人のみぎ私道敷地の不法占有により、賃料相当額の損害を被つたとして、その損害賠償請求をすることができると解するのが相当である。
けだし、私道が主として私道敷地の権利者(所有権、借地権者その他私道敷地を使用する権原を有する者)の用に供せられるものであるときには、これら権利者が私道敷地の不法占有地の賃料相当額の損害を被むることは、私道敷地が私道を利用する必要のある者によつて賃借せされたものである場合から類推して容易に理解することができる。ただ本件の場合のように、私道がほとんど私道敷地の権利者の用に供せられないものである場合についてはそうでない場合のように明確ではないけれども、つぎに述べるような理由により、この場合についてもそうでない場合と同様に、私道敷地の権利者がみぎ敷地の不法占有によつて被る損害は不法占有地の賃料相当額であると解することができる。
すなわち、私道敷地の権利者(以下代表的に私道敷地所有者と称する。)は、前述のように私道に関する慣習法ないし建築基準法の効果として、他の一般人の私道上の進行を忍受し、私道敷地上における自分の建築物の建築その他通行の妨害となる擁壁の築造を避止する義務を負つていて、結局において、自分自身のためばかりでなく一般私道利用者のために私道を維持管理し、その経費として最小限度において私道の賃料に相当する犠牲を払つている(この関係は私道敷地が賃借地であるときは極めて明白である。)のに対して、私道利用者は私道敷地所有者となんらの契約もないのに前記慣習法等に基づいて私道敷地所有者の犠牲において私道通行の利益を享受しているのであるから、私道敷地所有者に対して、囲繞地通行権を有する袋地所有者の囲繞地所有者に対する損害補償義務に関する規定(民法二一二条本文)に準ずる法理(法定地益権者の受益地所有者に対する損害補償義務に関する法理)によつて、私道敷地所有者の損害を補償する義務があると云わねばならない。もつと私道敷地所有者が私道の維持管理に要した経費の一部を各私道利用者に割り当てて徴収するようなことは、各利用者の負担すべき金額の確定および各人の負担額の徴収が極めて困難であるために、実際に行なわれることが少いけれども、法律の立前としては、私道敷地所有者に対して前記損害補償請求権を有するものと解するのが相当である(木材搬出道の所有者が利用者から利用科を徴収したり、路地所有者が利用者から分担金を徴収したりすることができるのはこの法理によるものと考える。また民法二二一条二項による他人の設けた排水用工作物使用権者の費用分担義務も同様の法理によるものである。)。したがって、私道を排他的に不法占有して私道上の通行を妨害している者は、私道所有者に対して、私道所有者自身の私道利用の利益と前記私道利用者に対する損害補償請求権とを失わしめ、その損害額の合計、すなわち最小限において不法占有部分の賃料に相当する額の損害を被らせるものと観念することができる。一般に不法行為者は自分が不法侵害した他人の権利が実現不能なものでない限り、その事実上の実現の困難が予想されるからと云つて被害者の喪失した権利の価額に相当する額の損害賠償義務を免れることはできないから、前記のような私道敷地の不法占有の場合にも、不法占有者は、私道敷地所有者の私道利用者に対する前記損害補償請求権の事実上の実現の困難が予想せられるからと云つて、みぎ請求権に相当する額の損害賠償義務の全部または一部を免れることはできない。
さらに、本件の場合には、控訴人は、自分の不法占有する前記土地を私道敷地にあらずとして私道以外の用途に(宅地として)使用しているのであるから、信義則上、みぎ不法占有の対象である土地が私道敷地であると主張することは許されず、したがつて、不法占有の対象である土地が私道敷地であるから通常一般の宅地を不法占有した場合より被控訴会社の損害額が僅少である旨を主張することもまた許されない。また、仮に控訴人が私有敷地を宅地に使用することが許されるとして前記不法占有土地を宅地に使用しているのであれば、控訴人は、同様、被控訴会社がみぎ不法占有土地について宅地としての賃料相当の損害を受けたことを否定することは許されないわけである。
本件において、控訴人は、被控訴会社が一七一番地の四二の土地の所有権を取得する以前から別紙図面ト、ち、ぬ、ハ、トの各地点を頃次に結ぶ直線で囲まれる土地を占有していることを自認しており、みぎ土地が一七一番地の四二の土地の一部であることおよび被控訴会社がみぎ土地の所有権を取得したのが昭和二八年一月頃であつたこと(被控訴会社名義に所有権移転登記手続のあつたのは同年三月九日)は前認定のとおりであるので、控訴人は被控訴会社に対して被控訴会社のみぎ土地所有権取得以後である昭和二八年三月九日以降前記不法占有部分の明渡し済みに至るまで、みぎ占有部分の賃料相当額の損害金を支払う義務がある。
そこで、みぎ賃料相当額を算定すると、<証拠>によると、一七一番地の四二の土地のうち控訴人の不法占有する前記部分の賃料相当額は、昭和二八年三月から昭和二九年三月まで坪当り一ケ月金一〇六円、同年四月から昭和三〇年三月まで坪当り一ケ月一四九円、同年四月から昭和三三年三月まで坪当り一ケ月一九九円、同年四月以降坪当り金二八一円であることが認められ、みぎ認定を左右するに足る他の証拠はない。また控訴人の不法占有する別紙図ト、ち、ぬ、ハ、トの各地点を結ぶ直線で囲まれる地域は、当審における検証の結果によれば、南北の幅一、七八メートル、東西の長さ九、四〇メートルの矩形の土地で、その面積は一六、七三平方メートル(五、〇六坪)であることが認められる。よつて、みぎ土地の賃料相当額は昭和二八年三月九日から同月末日まで金三九九円、同年四月一日から昭和二九年三月三一日まで一ケ月金五三六円宛一二ケ月分合計金六、四三二円、同年四月一日から昭和三〇年三月三一日まで一ケ月金七五四円宛一二ケ月分合計金九、〇四八円、同年四月一日から昭和三三年三月三一日まで一ケ月金一、〇〇七円三六ケ月分合計金三万六、二五二円同年四月一日から当審口頭弁論終結の月の前月である昭和四三年一二月三一日まで一ケ月金一、四二二円一二九ケ月分合計一八万三、四三八円、以上総計二三万五、五六九円および昭和四四年一月一日以降前記土地明渡し済みに至るまで一ケ金一、四二二円の割合による金員となる。
以上の理由により、被控訴会社の控訴人に対する本件請求のうち、前記一七一番地の四二の土地のうち別紙図面ト、ち、ぬ、ハ、トの各地点を順次に結ぶ直線で囲まれる部分について、みぎ土地上の塀、門、庭の造作物等の収去土地の明渡しを求める請求、ならびに、金二三万五、五六九円および昭和四四年一月一日以降みぎ土地明渡し済に至るまで一ケ月金一、四二二円の割合による金員の支払いを求める請求を、正当として認容し、その余の請求を失当として棄却すべきである。みぎ当裁判所の判断と異る原判決は変更を免れない。
そこで、民訴法三八六条、九六条、八九条、一九六条を適用し主文のとおり判決する。(長瀬清澄 木本繁 古崎慶長)
別紙図面《省略》